フォト俳句(742) 『講談師と辿る伊賀越え秋の雲』
信長の招きで堺に滞在していた家康は「本能寺の変」を知り、急ぎ岡埼城に戻ることにした。家康一行は明智方や一揆の襲撃におびえつつも運命を変えたといわれる「伊賀越えの道」を選び逃避行。その行程の一部を貸し切りバスと徒歩で辿ってみたが "見て来たような嘘を言う” 講談師が同道していたのもユーモラスだった。
Updated Date : 2023-12-13 21:30:26
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家康公 こしかけの石
徳川家康が宇治田原で最後に立ち寄り休憩したという遍照院の庭石。
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