桜貝のぶらり京都たび
源氏物語ゆかりの地 清凉寺(嵯峨釈迦堂)
清凉寺は源氏物語「松風」で光源氏が造営した「嵯峨の御堂」として登場。 創建 寛和3年(987年)。 本堂(釈迦堂) (京都府指定文化財)は元禄14年(1701年)の再建。
Updated Date : 2020-03-24 05:36:43
Author ✎ KyotoCoCreate
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桜の清凉寺(嵯峨釈迦堂)
清涼寺 枝垂れ桜 背景は多宝塔
撮影:2020年3月23日
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清涼寺 枝垂れ桜 背景は多宝塔
撮影:2020年3月23日
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清凉寺(嵯峨釈迦堂)
源氏物語「松風」で光源氏が造営した「嵯峨の御堂」として登場
嵯峨天皇皇子で皇族賜姓の源融(822~895) が、九世紀後半に嵯峨に営んだ山荘。 融は晩年に写経 や造仏に着手したが業なかばで他界したので、子供 たちが完成させて棲(栖)霞寺とした。 永延元年(987)、奝然は宋より請来した釈迦如来像ほかを棲霞寺境内に安置し、宗の五台山清涼寺に倣った寺院の建立を目ざしたが果たせず、遺志を継いだ弟子によ って棲霞寺の一郭に釈迦堂として発足したのが清涼寺である。 かつて棲霞寺にあった阿弥陀三尊像(国宝) は現在、清涼寺の霊宝館に安置されている。 『源氏物語』『松風」に、光源氏が造営した「嵯峨の御堂」は大覚寺の南に所在したとあり、棲霞観の場所と 一致する。 河原院が六条院のモデルということと共に、源融が光源氏のモデルとされるゆえんである。 平成20年3月 京都市
清凉寺(嵯峨釈迦堂)へのアクセス

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清涼寺へのアクセス
京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
35.02350842354756
135.6742827035487
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18
35.02350842354756,135.6742827035487,0,0,0
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